前向き気づき日記

瞑想歴24年。自分らしく生きたい方へ。

北山裕子

北山裕子(id:yuko-k-ami )
瞑想歴25年、東京や大阪を中心に瞑想セミナー、キネシオロジーセミナーを主催。 エネルギーヒーラー。 23才で摂食障害を治すため、 藁にも縋る思いではじめた瞑想で潜在意識とつながり、 自分の奥底に眠っていた本当の自分(潜在意識)と 会話ができるようになりました。
読むと気持ちが軽やかに、自然と前向きになるようなお話しを綴っています。

プロフィール詳細

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スピリチュアルから見た三次元で生きる意味

今日はグレーの冬空が広がる静かな一日でした。

こんな日はなんだかホッとして心が落ち着きますね。

 

私は、プロフィールでも書いていますように、

瞑想を続けて24年が経ち、

 

始めは波動なども全く感じないタイプだったのが、

自然とスピリチュアルなことについても詳しくなり、

不思議な体験もこれまで色々ありましたし、

 

瞑想を通して様々な存在とつながったり、

次元を超えた体験やパラレルワールドなども

遠い架空の話ではなくなりました。

 

また、潜在意識やエネルギーの流れなどについても、

まだまだながら色んな角度からの気づきや学びで深まり、

 

引き寄せで大きな夢を叶えたことも何度もあります。

 

自分でスピリチュアル分野に突き進んだ

というわけではありませんが、

 

いつのまにか詳しくなっていました。

 

でもそんなことを知るほどに、

この現実世界、三次元で

自分で選択して行動して経験することの

大切さや素晴らしさを、理解するようになりました。

 

 

瞑想で、高次元の存在とつながり、

その波動に触れ、世界の見方が変わったり、

自分の根源とつながり、

時間や空間を超え一体となる感覚は

とても素晴らしいもので、

 

知り始めた頃は、そちらに傾倒し、

夢中になっていた時期もあったように思います。

(そこまでのめり込みはしませんでしたが、

元々研究、実践好きな職人気質ですので。)

 

でも知るほどに、

ここで「生きる」ことの意味や価値を

あらためて知り、

 

形のない世界だけではなく、

生々しいこの世界で熱く生きることを楽しみたいなと

思うようになりました。

 

これは最近思い始めたことではなく、

もうずっと前からの私の想いです。

 

 

スピリチュアルなことの知識や体験を深め、

分かったことがあり、

 

それはそれまで子供の頃からずっと、

 

何故こんな生きづらい世界なのだろう、

いつまでここで我慢しなくてはならないのだろう、

耐えてやり過ごすには人生は長すぎる、

 

と思っていたのですが、ある時思いました。

 

ここは挑戦と体験の場であり、

 

傷ついてボロボロになることも、

理解されない苦しさも、

想いが伝わらないせつなさも、

 

醜悪で見るに堪えない自分を思い知ることも、

弱さに負けてしまう情けなさも、

 

すべて実際に「個」という立場で経験することで

気づき、学び、成長するためにいただいた

チャンスなのだと。

 

 

こんなことはもうよく言われていて、

聞いたこともあると思いますし、

誰もが分かっているよと思うことだと思いますが、

 

頭で分かっているだけですと、

うまくいっている時はいいですが、

 

何か辛いことがあった時や人生の大きな問題に出会った時、

理不尽なことでトラウマ級の傷を負った時などには、

 

人生ってどうしてこんなに…と、落ち込み苦しみ、

先ほど書きました、

 

「何故こんな生きづらい世界なのだろう」

「いつまでここで我慢しなくてはならないのだろう」

に戻ってしまいます。

 

 

でも本当に魂レベルで分かっていますと、

それが生きるということのエッセンスの一つだと

知っていますから、

 

本当につらくはあっても無駄に苦しむことがなく、

自分であることを体感しながら、

悩み迷い弱さに打ちのめされながら、

前を向いて歩いていけるものです。

 

 

そんな人生の課題は、成長するほどに難易度が上がり、

それまでの自分のままでは超えられない難問だったりしますが、

 

一つそれを超えるたび、

強さや優しさ、愛と共に、

自由やおおらかさ、楽しむことを学び、

 

輝きや笑顔、子供のような好奇心も手に入れていくものです。

 

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そんな泥にまみれながら生傷を作りながら歩むことが

ここに存在する意味で、

 

ここに生まれ生きている存在は、

みんなそれをするために生まれてきたのだろうと思います。

 

子供は、大人の言う話で納得して終わらず、

自分で走って、自分で触って、転んで泣いて、笑うものです。

 

私たちは何歳であってもそうして生きるこの世界の子供で、

 

だから感動して泣いたり、

やりとげたことや経験したことで心が震えたり、

 

気づかなかった優しさに気づき、

それが生きる力になったりすることを

身をもって知りながら生きるのが自然なのだと思います。

 

 

私たちは根源で一つだと聞いたことがあるかもしれませんが、

 

だからこそここで「個」をリアルに体験することに価値があり、

自分らしく生きることが大切なのです。

 

(個を生きるとは、自分らしさを大切に生きるということです。)

 

個を全力で生きていくと、

その向こう側にすべてにつながる世界が垣間見えてきます。

 

いつか還るその場所から私たちはここに来ていて、

一足飛びにそこに行くことばかり考えていたのでは

ここにいる意味が激減してしまいます。

 

せっかくここに来たのに、それを無駄にしてはもったいないです。

 

 

それが本当に分かるなら、

 

人生の挑戦や、毎日の小さなチャレンジ、

コツコツ積み重ねること、

勇気を出して自分で道を選択することを、

 

迷わず行動していけますし、

 

失敗を怖がって、正解探しばかりで動けない

ということはないでしょう。

 

人の目や評価を気にすること、

普通や常識に縛られること、

人を批評したり、こうあるべきと正論を言うことなどが、

 

どんなに無意味か分かるでしょう。

 

 

分かっているけれどできない、ということはありえません。

 

本当に分かっているなら、もうやれているものですから、

できないなら、まだ本質的には分かっていないのでしょう。

 

 

もし自分は頭では分かっているつもりでも、

何かに囚われていたり、

うまく歩く道の正解探しばかりしているかも、と思うなら、

 

ぜひ今からその恐れや不安でできた殻から

まずは少しでいいので出てみてください。

 

「頭で分かっているつもりだけれど、

魂レベルでは分かっていないかも」と気づくことで、

 

殻があるのだと初めて知ることができます。

 

その殻があることを認められなければ出られません。

 

殻があると知り、認めることができたら、

その殻の元となっている

恐れや不安を認め、受け入れ、

 

それでも自分は新しい一歩を自分で歩き出すと

決め、

まずは小さなことから

自分らしく生きることを始めましょう。

 

それは大きな大きな一歩です。

 

 

本当はどうありたいのか?

本当はどう生きたいのか?

 

本当に言いたいこと、したいことは?

 

でも私には無理、と簡単に諦めないでください。

 

確かにとても難しいことかもしれませんが、

 

一歩でもそちらに近づいていけるように、

毎日の生活や行動を選択し、

 

本気で生きてみましょう。

 

 

本気で生きるというのは、

苦労や我慢に耐えるということではありません。

 

ただ今いる場所よりほんの一歩でも、

知恵を絞って、体を使って、

そちらに足を進めてみるだけです。

 

その小さな繰り返しが生きることで、

それは時にしんどかったりすることもありますが、

楽しみや喜びにもたくさん出会うものです。

 

 

大人は近道探しばかりして、

ずっと立ちすくんだままの人が多いですが、

 

向かいたい方向に自分でとにかく歩けば、

歩きながら効率のいい歩き方も分かってきたりしますし、

歩く以外の方法も途中で出会うかもしれません。

 

ですから正解探しで人生を無駄にしないで、

この世界で一歩ずつ生きていきましょう。

 

 

瞑想は、人生の方位磁針を磨き、

歩き続けるエネルギーとなり、

いらなくなった重い荷物を軽くしてくれます。

 

その道中の大きな助けになります。

 

私もこれからも瞑想を続けながら、

まだまだこの世界を歩き回ることを楽しみたいと思います。

 

目的地に飛んでいきたいと人は思うものですが、

 

歩くためにきたことを忘れず、

その道中の人との出会いや感動、色んな涙を

いっぱい経験して、笑って生きたいと思います。

 

生きるって泥臭くて、でも本当に素晴らしいものなのです。

 

このエネルギーがみなさまに届きますように。