前向き気づき日記

瞑想歴24年。自分らしく生きたい方へ。

北山裕子

北山裕子(id:yuko-k-ami )
瞑想歴25年、東京や大阪を中心に瞑想セミナー、キネシオロジーセミナーを主催。 エネルギーヒーラー。 23才で摂食障害を治すため、 藁にも縋る思いではじめた瞑想で潜在意識とつながり、 自分の奥底に眠っていた本当の自分(潜在意識)と 会話ができるようになりました。
読むと気持ちが軽やかに、自然と前向きになるようなお話しを綴っています。

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周りの目を気にしなくなるには

今日もあたたかな日差しが眩しい一日でした。

 

空は今日も青く、街は光に満ち、

体いっぱいに新鮮な空気を吸い込むことができ、

 

本当に幸せだなぁと思います。

 

私たちはいつも贅沢なほど豊かですね(^^)

 

 

先日ニュージーランドで

現地在住の日本人の方とおしゃべりしたのですが、

 

その方はアラフォー女性で

最近ポールダンスを習い始めたそうでした。

(ポールダンスはポールを使ったかなりセクシーなダンスです。)

 

でもそんなことは日本ではとてもできなかったと

話していました。

 

日本だと、きれいな若い人ならいいけれど、

アラフォーにもなって、

しかもぽっちゃり体型でポールダンスなんてやろうものなら、

 

いい年をして見苦しい、わきまえろなどと言われそうで、

トライしたくてもなかなかできなかったそうです。

 

でもNZだと何歳でどんな体型で、

何をしたり、どんな服を着たりしても、

誰も何も気にしないので、

 

自由でいられるようになったと話していました。

 

 

確かに日本だと、

いい歳をしたおばさんや太っている人が

ミニスカートを履いたりすると白い目で見られたり、

年齢にふさわしい服装が高感度が高いように思います。

 

もちろん、そんな周りの目など気にしないで

したいことをすればいいのですが、

 

でも若くてスラリとしたきれいなお姉さんに混ざって

ぽっちゃりアラフォーがポールダンスを習うのは

ちょっと勇気やハートの強さがいりますよね。

 

海外の多くの国は日本よりずっと

他人のすることを気にしない風潮がありますから、

(同じ国でも日本と同じように

都会と田舎で違いがあったりしますが。)

 

勇気やハートの強さがなくてもやりやすいのはいいなと思います。

 

 

特にNZは他人のことを気にしない人が多く、

 

例えば、たまに裸足で歩いている人を見かけますが、

そんなことも誰も気にしません。

 

スーパーやカフェでも裸足で歩いている人がいますし、

学校帰りに制服で裸足で歩いている高校生も見かけました。

 

日本で同じことをするとビックリされそうですが、

NZでは「裸足が好きなのだな」で終わりです。

 

NZ以外でも日本よりおおらかな国は多いので、

そんなところが海外のいいところだなと思います。

 

(お話は写真のあとに続きます)

 

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(ニュージーランド ネルソンのカフェにて。

この子たちは貧しいから裸足なのではなく、

両親とカフェでケーキを食べている一般的な家庭の子供です。

仲良しで礼儀正しくてとてもかわいかったです(^^) )

 

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(ニュージーランド ネルソンにて。

学校帰りの高校生の女の子が途中で靴を脱いで

手に靴を持って靴下で歩き出しました。

靴を脱ぎたかったようです。このまま3kmは歩いていました。

ちなみに隣を歩くのはたぶんお母さんで、

靴下は真っ黒です!笑

でも気にしないのがNZらしいです♪)

 

 

私もそんな、他人を気にしないで、

人のすることや考え方などをおおらかに受け入れるところは

本当に素敵だなといつも思うのですが、

 

でも昔ほど日本を窮屈に感じなくなってきました。

 

昔は海外から日本に帰ってくると

なんだか息がつまりそうに感じたり、

無言の同調圧力を感じ、息苦しく思いましたが、

 

今は以前に比べるとあまり気にならなくなりました。

 

それはたぶん日本が変わったのではなく、

自分がそれが気にならなくなったからだと思います。

 

 

昔は人の目を気にしないでいいと頭では思っていても、

でもそんな目で見られると

どうしても気になっていました。

 

でも今は人の承認を求めないでいられるようになり、

 

逆に、同調しない人にモヤモヤイライラする人や、

人と違うことをしたり言う人を気にする人が

不思議だなぁ、おもしろいなと思うようになりました。

 

前は、見られ、評価される側にいて、

今は評価する、されるのどちらにも関わらない状態で

いられるようになってきたのだなと思います。

 

 

では何故そうなれたのか?と考えますと、

 

評価しない、批評しない、判断しないで

いるようになったからだと思います。

 

人の目を気にしないでいたい、批評されたくない、

と思いながら、

 

でも時に自分が人を批評していると、

批評される側とする側を行ったり来たりしていて、

そのルールから抜け出せません。

 

 

でも自分がまず人を批評することや

良い悪いと判断することをやめると、

 

そのルールを手放すことができ、

ルールの外で生きられるようになります。

 

すると人の目が気にならなくなり、

人からの同調圧力にも引っかかりがなくなり、

自由でいられるようになります。

 

 

私の友達に、日本人で日本に住んでいるのですが、

たまに靴を履くのを忘れ、

うっかり裸足で地下鉄に乗ったりする人がいて、笑

他にも数々の武勇伝?がありますが、

 

その友達は自分がそんな時周りから

ジロジロ見られていることも気にならないようで、

 

日本の都会の真ん中で暮らし、会社勤めをしながらも、

まるで海外の他人を気にしない空気の中で暮らしているように

生きています。

 

そんなことができる人もいるのです。

 

私はそこまでではないですが、

でもそんな風に生きることも可能なのだなと

その友達を見ていると思います。

 

 

周りの目や批評を気にせず、

ぽっちゃりアラフォーで初めてポールダンスを習ったり、

裸足で歩きたくなったから

今ここで裸足で歩き出したりするように、

 

やってみたいことや、

人とは違う価値観で生きたいと思う時、

 

あなたは周りの目や批評を気にせず

その気持ちに従えますか?

 

どれくらい気になるかは、

どれくらい批評したりされたりするルールに

縛られているかと比例します。

 

今はまだやっぱり気にしてしまうという場合でも、

 

今から自分が人や社会などを

批評したり判定したりすることをやめていくと、

 

自然にそのルールから抜け出せ、

自由に自分らしくいられるようになってきますので、

 

これから普段の自分の思考に意識的になり、

判定をしているなと気づいたら、

 

「あ、そうだ、もう判定はいらないのだった」と

ストップするといいですね。

 

それだけで数カ月後には

今よりずっと自由な自分でいられるようになりますよ。

 

 

良い悪い、

正しい間違っている、

常識、普通は、

〜であるべき、

当たり前…

 

そんな判断、判定に気づき、そのルールを手放し、

周りの目が気にならないようになり、

 

自分が本当にしたいことを勇気やハートの強さなどなくても

スルリとやってみられるようになると、

 

人生はますます楽しくなり、

自分らしい人生を創造していけます。

 

そうして自由に人生を歩んでいきたいですね(^^)