今日は、
先日の奈良で見た鹿のお話から、
本来の自分のままを生きる、
自分に誇りを持って生きるというお話を、
懐かしいモロッコの写真とともに
ご紹介したいと思います(^^)
人間の世界から少し視線を逸らしてみるとことで
気づくことがありますね。
ぜひ読んでみてくださいね(^^)
・
まずは少し近況を。
昨日に続き、
今日も立ってブログを書いています♪
(昨日のお話はこちら。
「日常の無意識の習慣を変え、生きたい人生を創る - 前向き気づき日記」
背筋が自然に伸びて、
胃や横隔膜、腸などの内臓や、
首や肩、骨盤などが
あるべき場所にある感じが心地よく、
足も伸びていることで
気の流れがスムーズで(これは大きいです!)
頭もスッキリしているように感じています。
今まで当たり前のように
座ってパソコン作業をし、
そんなに姿勢が悪いと思っていませんでしたし、
自分なりに気をつけているつもりでしたが、
立っているのと座っているのとでは
こんなに違うのだなぁと実感しています。
私は幼い頃から
周りの子達と比べて極端に体力がなく、
ずっと立っているなんて無理、苦手だと
思っていましたが、
この歳になり、立っていることの心地よさを知り、
大袈裟かもしれませんが、でも本当に
新しい世界が広がったような気分です♪
座っているより、体が常に自由で、伸びやかで、
内臓の位置が整い広がる分、呼吸も深くなり、
体全体が整っている感じが快適です。
すぐに体力がついたり、
いきなり元気になったりなど、
急に何かが変わるわけではないでしょうが、
ずっと座っている私と、
可能な範囲で立っている私とでは、
5年後10年後は
色んな面で大きく違っているだろうと思うので、
これからも続けていこうと思います(^^)

(モロッコ マラケシュにて)
さて、先日奈良を訪れた時のお話から。
みなさまもご存知だと思いますが、
奈良公園に行くと野生の鹿がたくさんいて、
先日訪れた時には、
時期的に赤ちゃん鹿もたくさんで、
そこで自由に暮らしている彼らを見て、
なんだか現代の日本じゃないような
不思議で面白く、
ワクワクうれしい気持ちになりました。
その時、そういえば以前、桜で有名な
奈良の吉野山の中で
鹿を見たことを思い出しました。
その時は、
人も車もほとんど通らない山の中の道で
見かけたのですが、
ふと現れた大きな鹿が
神々しい神聖な光を放っていて、
まるで神の使いのようでした。
少し離れたところで見たのですが、
その時の鹿の目がとても美しく、
見ちゃってよかったの?と思うような
近寄りがたい佇まいで、
時間が止まったようでした。
それは自然の中で生きている
本来のありのまま生きる存在の美しい目で、
奈良公園で見た鹿たちとは
また違うものでした。
(そちらはそちらで、親しみがあり
可愛らしいのですが。)
そのことを思い出し、
ふと、モロッコで見た
ラクダやロバを思い出しました。
モロッコは北西アフリカにあり、
カサブランカやマラケシュ、フェズなどの街や、
サハラ砂漠が有名ですが、
今でも街の旧市街の
迷路のような細い路地は、
車や自転車、バイクではなく、
荷物を運んだりするのに
ロバが活躍しています。
そして街から離れ、砂漠地方に行くと、
ラクダが人や荷物を運ぶのに使われていて、
どちらでも人の暮らしに
ロバやラクダが密接に関わっています。

(モロッコ フェズにて)
そんな様子を見ていて思ったのですが、
街中で働くロバやラクダたちの目と、
砂漠で働く彼らの目が全然違うのです。
街中で働く彼らの目は
あまりイキイキしていなくて、
淡々と働いている感じで、
砂漠にいる彼らの目は、
誇りを感じるような威厳があり、
強い光がありました。
街中の彼らも、砂漠の彼らも、
仕事内容的には同じで、
人や荷物を運んでいます。
街中の方が大荷物を運んでいることが
多かったですが、
砂漠の方が日陰はなく日差しも強く、朝晩は寒く、
足場は人では歩けないような沈む砂で、
人や荷物を乗せて歩くのは過酷なように思えます。
でも砂漠のラクダの目には威厳があり、
最初は、たまたまこの子がそうなのかな?
と思ったりしましたが、
どこに行ってもそうなので、
それに気づいてからは、
旧市街に行っても、砂漠に行っても、
山の中を移動していても、
ラクダやロバの目や佇まいを見て、
こんなに違うものなのだなと驚いていました。
なので強く印象に残っています。
これは私たち人間も同じだろうなと思いました。

(モロッコ フェズにて。
路地には階段も多いので、自転車などは通れないため、
ロバが活躍しています。)

(モロッコ サハラ砂漠にて。
砂漠のラクダの写真がなかったので影だけでも。笑)
飼い慣らされ、
食べることや寝床、安心や安全、
明日の保証と引き換えに、
するべきことをして生きている人や動物と、
あるべき場所で自分を生き、
本来の姿で自由に力強く生きている人や動物では、
目の輝きや存在感がまるで違います。
そして多くの人間は、私を含め、
前者になっているのかもしれません。
私はモロッコで彼らを見ていましたが、
逆に、砂漠の彼らは
砂漠を訪れた私たち人間の
威厳や光のない目を見て、
そのことに気づいていたのかもしれないと
思いました。
私は砂漠のラクダの誇り高い目の光に
惹きつけられ、
こんな目で生きたい、とその時に強く思いました。

(モロッコ アイトベンハッドゥにて)
そんなことを、奈良で鹿さんたちを見て
思い出しました。
公園にいる鹿や、
社会の中で働く人も、
砂漠で生きるラクダやロバも、
社会からはみ出して
みんなと同じように生きられない人や、
肩書きや保証がなくても、
自分であることに誇りを持って
あるがままを生きる人も、
みんなそれぞれに自由で、
どうだからダメなどはありません。
奈良公園にいる鹿さんたちは、
多くの人を笑顔にしていますし、
街で働く人やロバも、
誰かの役に立って喜ばれています。

(モロッコ マラケシュにて)
でもどこで生きていても、
自分の生き方や選択に誇りを持ち、
これが自分だ、と思って生きていることは
大事だなと思います。
今の自分を受け入れ、堂々と生きる時、
私たちも、
砂漠のラクダや吉野山の中の鹿のように、
存在感を持つのでしょう。
どこに生きても、
人でも動物でもみんな同じですね。
私はそんな私でありたいなと思います。
そんな自分を生きる一日一日を(^^)
プロフィール 北山裕子
摂食障害を治すために瞑想を始め、
数ヶ月ですっかり改善しましたが、
その後も続け瞑想歴30年になりました。
現在、遠隔でのエネルギーヒーリングや、
オンラインで瞑想セミナーや直感を磨くセミナー、
個人セッションをさせていただいています。
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