前向き気づき日記

瞑想歴24年。自分らしく生きたい方へ。

北山裕子

北山裕子(id:yuko-k-ami )
瞑想歴25年、東京や大阪を中心に瞑想セミナー、キネシオロジーセミナーを主催。 エネルギーヒーラー。 23才で摂食障害を治すため、 藁にも縋る思いではじめた瞑想で潜在意識とつながり、 自分の奥底に眠っていた本当の自分(潜在意識)と 会話ができるようになりました。
読むと気持ちが軽やかに、自然と前向きになるようなお話しを綴っています。

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心豊かな充実の毎日にする時間の使い方

今日は冬の曇り空の一日でした。

 

時折薄っすらと差す日差しがやわらかな微笑みのようで、

私もふと笑顔になり、

 

そんなちょっとしたことが

なんだか空や太陽の光と会話をしているようで、

心に穏やかで温かなものが広がります。

 

自然の中でのんびり過ごせたら素敵ですが、

そうでない街暮らしの毎日でも、

 

移動中や部屋の窓から見える自然に目を止め、

つながりを楽しんでいきたいなと思います。

 

 

今日は久しぶりに

仕事のためでもなく、プライベートの予定などもないのに

あえて少し早起きをしました。

 

午後からは仕事で、他にもブログを書くなど

やることは色々あったのですが、

 

時間が決まった予定がなく早起きをすると、

余裕があるせいか、

 

いつもより自分の時間の使い方に自覚的、意識的になり、

気づきがあり、おもしろかったです。

 

 

急がないので

いつもなんとなくしている、ちょっとしたどうでもいいことを

そのままダラダラとしている時や、

 

いつもなんとなくしている習慣やルーティンをしている時、

 

読みたかった本があるのに、

別にそうでもない本を開いている時などがあり、

 

そのたびにふと、

「あれ?私は何をしたくて今日早起きしたの?

何をしたくて今日を生きているのだっけ?

これをするため?」

などと思い、

 

「いや、違う。」と思い、ハッとし、

どうでもいいことは止め、

 

「では本当にしたいことは?」

「今日は何をしたくて生きているの?」と自分に問う、

 

ということを一日の中で何度も繰り返しました。

 

 

普段の忙しい時ほど、

自分がなんとなくしているいつものことや、

どうでもいいことに無自覚で、

 

忙しいモードのままで、どうでもいいことをしていて、

その勢いで時には貪っていたりします。

 

貪るとは、Googleによると、

「欲深く望む。飽くことなくほしがる。

いくら続けても、まだあきない。」ことですが、

 

この感覚はハマっている時に客観的に自分を見るのは

難しいもので、

自覚できていないことが多いようです。

 

 

人は無自覚のまま、

忙しいモードの流れに乗ったまま、

その流れから降りることができるということを忘れ、

 

降り口はどこにでもあるのに

流れが早すぎて見えなくなり、

 

人生にぜひ必要だと思うこと以外のどうでもいいことを

流れのままにやり続けたり、

 

自分に必要なことであっても、

必要以上にやり続けていたりするようです。

 

そしてそれが習慣になり、

「あれ?これって必要?」という

流れの外から見る目を失っていくようです。

 

 

例えば、なんとなくついていたテレビを見ていたり、

スマホで調べ物は終わったのに、

目についたどうでもいいニュースや広告を見ていたり、

 

無駄話(噂話やゴシップの批判など)や、

必要以上に食べること、

 

アルコールやカフェイン、スイーツ、

ゲームや漫画、YouTubeを、

もう一つ、もう一話、もう一本…と

 

ついつい止まらなくなり、

同じ所を走り続けるハムスターの回し車に

乗っているような状態になります。

 

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中毒というと、なんだか麻薬やアルコール依存で

廃人のようなイメージがありますが、

 

そこまでではなくても、

無駄だ、自分の人生に別になくてもいい、

こんなには必要ない、これはいらない、

と分かっていながら、

 

ついやり続けてしまい、止まらなくなったり、

 

そんな自分に気づかない、認めない、

それに気づくのは時間やエネルギーを消費した後、など、

 

思い当たることがあるなら、

それは一種の中毒で、依存であると言えるでしょう。

 

 

でも多くの人は、自分のそんな行動が

中毒や依存症だとなかなか認めません。

 

それはアルコール中毒や麻薬中毒の人が認めないのと同じで、

「自分は止めようと思ったら止められる」と

思い込んでいたり、

中毒や依存のイメージが廃人のようなイメージで強すぎたり、

そこまでひどくないと思っているからでしょう。

 

また、これくらいはみんなしているから問題ない、

のんびりダラダラする時間も必要、

毎日がんばっているのだからご褒美、と、

 

それを受け入れてしまっていたりします。

 

 

もちろん仕事や家事のあと、休日など毎日の中に

のんびり好きなことを楽しむ時間や

ゆっくりする時間は必要です。

 

魂が喜ぶワクワクする時間を生き、

本当の自分を感じ、今ここにいることを味わうことは、

他のどんな時間より大切だと思います。

 

私は、何をするともなく空を眺める時間は

宝物だと思っていますが、

 

でも、空を眺めることでも、

なんとなくスマホを触ることでも、

自分がしていることについて、

 

何だからどうということではなく、

 

「これは人生にこんなに本当に必要にかしら?」と考えて、

「別になくてもいい」と思うことを

手放すかどうかを考え、

手放した方がいいと思うのに手放せないなら、

 

軽い中毒や依存かも?!と

自分を観察してみるといいと思います。

 

それができず、拒否する時や、

観察をして途中でストップできない時は、

 

中毒や依存かも、と自分を見てみるとといいと思います。

 

 

こうした方がいいと自分が思うことなのに、

自分で行動を変えられないのは不自然です。

 

その時に、何に抵抗しているのか?

何を守りたくて、何から逃げたくてそうしているのか?

と客観的に考えられる時、

 

人はその不自然さを超えていけるように思います。

 

 

私はのんびりと好きな本を読んだり、

好きな曲をピアノで弾いて楽しんだり、

世界地図を眺めながら旅の妄想をするのが大好きです。

 

散歩も、カフェで過ごす時間も、

主人との毎日のちょっとしたおしゃべりも、

楽しい時間です。

 

それらは私の人生に必要だと私は思っていますので、

手放す気はありません。

 

でも、同じことでもそれをした人が

時間を無駄にしたと感じるなら

その人にはいらないものであり、

 

また私自身でも、今挙げたことを

心から楽しむ充実した時間とは感じず、

なんとなくダラダラそれをしている時は、

無駄な時間の使い方をしたなと思います。

 

 

そんな自分のその時の魂の感覚にもっと自覚的になり、

空や太陽の光と会話するように

 

自分とも小さな会話を毎日の中で何度も繰り返し、

 

より充実した人生の時間にしていきたいなと思います。

 

 

特に、忙しさに飲み込まれている時は、

いらないことに気づきにくくなりますから要注意ですし、

 

また逆に、時間に余裕がある時は、

余裕があるがゆえに、

 

どうでもいいことに時間やエネルギーを

大盤振る舞いしてしまいやすくなりますから、

これも気をつけたいところです。

 

 

そうして自分の小さな毎日の時間の使い方や

エネルギーの使い方、意識の向ける先に自覚的になり、

 

生命を無駄にしないで大切に生きていきたいなと思います。

 

 明日も心豊かで充実の一日となりますように(^^)