前向き気づき日記

瞑想歴24年。自分らしく生きたい方へ。

北山裕子

北山裕子(id:yuko-k-ami )
瞑想歴25年、東京や大阪を中心に瞑想セミナー、キネシオロジーセミナーを主催。 エネルギーヒーラー。 23才で摂食障害を治すため、 藁にも縋る思いではじめた瞑想で潜在意識とつながり、 自分の奥底に眠っていた本当の自分(潜在意識)と 会話ができるようになりました。
読むと気持ちが軽やかに、自然と前向きになるようなお話しを綴っています。

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自分が生きる世界を変える

昨夜ブログをアップした後、

夜中にちょっと外に出たくなり、

 

久しぶりに自転車で40分ほど近所を

散歩(散輪?散車?)しました。

 

夜中でももう寒くなく、

空にはきれいな半月と星が見え、

誰もいない街に澄んだ空気が広がり、

とても気持ちがよかったです。

 

静まりかえった街を明るい月が見守っていて、

夜空に飛んでいきたいような気分になり、

 

私はここにいるよ〜!と

たくさんの星たちと会話をしながら自転車を漕いでいました。

 

そういえば大人になる前は、

夜に友達と会ったりすると

なんだかいつもと違う世界の中で、

秘密の話ができそうでワクワクしたなと思い出しました。

 

夜は人を自由にしてくれるようです。

 

時にはこんな夜のお散歩?もいいものですね。

(される方はどうぞ充分にお気をつけて。)

 

 

それで思い出しましたが、私は高校生の頃、

何かで宇宙人に連れ去られる話を聞き、

とても怖くて、夜に空を見なくなりました。

 

うっかり見てはいけないものを見てしまったら、

連れ去られてしまうかもと思ったのです。

 

それまではドビュッシーの「月の光」を聴きながら、

電気を消した部屋から月を見上げるのが大好きだったのに、

 

怖くなってからは夜は早々と

カーテンをぴったり閉めるようになりました。

 

でもその数年後には

UFOが見たい、宇宙人に会ってみたいに変わっていました。

 

それは今もそのまま、いえ、それ以上で、

いつかUFOに乗ってみたいですし、

宇宙人とぜひお友達になりたいです♪

 

私はひとり旅が好きで、世界中に友達がいますが、

宇宙の星にも友達がいたらうれしいなと思っています。

 

 

高校生の頃はあんなに怖くて

夜空を見上げることもできなかったのに、

人の恐れや価値観って変わるものですね。

 

現実や世界は何も変わっていないのに、

自分の価値観が変わるだけで、

夜空が怖くなったり、自由に感じたりするのですから、

 

まさに自分が見ている世界は自分が創り出しているのです。

 

 

夜空は怖いものだったのが、自由に広がる世界となるように、

 

自分の価値観が変わると世界は一転します。

 

もしかすると、

今自分が苦手な人が大好きになるかもしれませんし、

許せない!とイライラしていることに、

ありがたいなと心から感謝するかもしれません。

 

私たちが見て生きている世界は不変の真実ではなく、

自分の色眼鏡で見ている世界だと分かります。

 

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でも人は自分はそんな色眼鏡などつけていないと

信じ込んでいて、

 

あの人がこうだから許せないのだ、

それはあの人のせいだ、と思ったりします。

 

自分の色眼鏡(=価値観)など知ろうともせず、

自分の色眼鏡は世界基準だと思い込んで、

みんながその基準で生きるべきだと信じていたりします。

 

 

でも他人にはその人なりの色眼鏡があり、

誰がどんな眼鏡をかけようと自由です。

 

ですがそれを認めようとしません。

 

それは、自分の眼鏡のせいで、

間違っているようにしか見えないからです。

 

そして勝手に自分で傷ついたり悲しんだりし、

相手を悪者にしたりします。

 

 

でも本当は、自分を傷つけているのは

自分専用色眼鏡をかけている自分です。

 

その価値観があるから、傷つくだけなのです。

 

そのことに気づくと、人を責めたり、

許せないと思うことはなくなっていくでしょう。

 

 

人が許せなかったり、イライラしたり、

人の言葉に傷ついたり怒りを感じたりする時、

 

自分は今、色眼鏡をかけているな、と気づくチャンスです。

 

眼鏡をかけないでいれば、

世界はいつもただあるがままあるだけで、

 

そんなに感情をかき乱されることはありません。

 

よく、起こる出来事に意味付けをしているのは自分だ、

と言いますが、

 

それはこういうことで、

起こる出来事はただ起こっただけで、

何か確定的な意味を持っているわけではありません。

 

 

そんなフラットな世界を生きる中で、

 

時に悲しくなったり、腹が立ったり、

嫉妬したり、イライラしたりする時は、

 

その感情に振り回され、感情に溺れてしまわないで、

 

自分はどんな眼鏡をかけているのだろう?

どんな価値観があるのだろう?と、

考えてみるいい機会です。

 

感情は、そうした価値観がなければ起こりません。

 

そして例えば、

自分の正しさの価値観や、

自分の信念を揺るがす別の価値観を見つけたり、

 

また、理屈抜きで子供のように

まるごとの自分をただ愛して欲しいと

思っている自分に気づいたりしながら、

 

いらなくなった色眼鏡を外し、

人には人の眼鏡があるのだと受け入れ、

 

見通しがよくなった世界を

もっと自由にあるがままの自分で

生きていけるといいですね。

 

 

今がどう見えていても、

世界は自分次第で暗闇にも光り輝く愛の世界にもなります。

 

自分を幸せにできるのは本当のところ自分であり、

自分がそうやって自分と向き合い大切にすると、

愛されたい気持ちも満たされていくでしょう。

 

 

みんな自分の眼鏡で色んな風に傷ついたり許せなかったり、

またそれを手放したり受け入れたりしながら

長い道を歩いています。

 

そうして歩くこの先の道が、

どんどん穏やかな愛に満ちたものとなりますように。