今日は、
自分を許せない、愛せない、
好きになれないと思っている方や、
過去の自分がしたことが原因で
罪悪感がある方へ、
どうすれば自分を許せ、自分を愛せるのか?
自分を許し愛せるようになるお話を
したいと思います。
過去にしたことで
こんな自分は許されないと思っていませんか?
許してはいけない、自分は罪人だと思っていませんか?
私たちはそんな自分を許していいし、
愛することも難しくないのです。
ぜひ最後まで読んでみてくださいね(^^)
*今日も記事が長くなり投稿が遅くなりました!22:42
・
私は普段、オンラインで個人セッションを
させていただいていますが、
その中でよく、自分のことを許せない、
こんな自分は愛せない、好きになれない、
と思っている人や、
罪悪感を抱えている人がいます。
直接何か思い当たる原因がなくても、
自分が好きになれない、
こんな自分は許せない、と思うことがある人は、
もしかするとあなたの中にも
大きさは様々でも罪悪感があるのかも知れません。
過去にしてしまったことを
後悔したり、
そんなひどいことをした自分は許されない
と思っていたり、
日常の中で人に知られたら恥ずかしいと思うことを
ついやっていたりして、
自分がそんなことをした(している)人間だと
周りの人に知れたら、
嫌われる、軽蔑される、
みんなが離れてしまうと恐れたり、
そんな自分を恥じたり・・・。
そんな罪悪感を抱えたまま生きている人は
たくさんいて、
しかもその多くの人が、
自分はひどいこと、恥ずべきことをしたのだから、
自分を許してはいけない、
自分は罰せられるべきだと思っていて、
自分は罪人だと思っていたりします。
「こんなひどいことをした私を
簡単に許してはいけない、
だってひどいことをしたのだから。」と思い、
自分を許す=厚かましく恥知らずなことで、
許さないで自分を責め苦しむことが
自分のしたことの償いの一端だと
思っていたりします。
多くの人にとって、
自分を許すというのは、
罪を誤魔化すズルいことのように思えたり、
不誠実に感じたりするのでしょう。
その感覚、わかります!
私もそう思っていましたから。
でも本当はそうではないと
ある時気づきました。
何か良くないと思うことをして、
それに対して絶対に許されないと自分を責めたり、
時には誰か私を罰して欲しいと
思ったこともありましたが、
そんな時、ふと思いました。
「どうして罰して欲しいの?」と。
犯した罪と同じか、それ以上の罰を受けたら、
やったことがチャラになると思っている?
それだけの痛みを受けたら許されると思っているのかも?
と思い、
その考え方はまるで、
借金をしたけれど、
利子をつけて返せば解放される、という感じに
近いのかもしれないと思いました。
(実際には、そんな単純な思考ではなく、
どれだけの利子をつけても返せないと
思っていましたが。)
ということは、
罰して欲しい=許されたいからで、
それって自分の過ちを清算し、
身綺麗な自分に戻りたいからなのかも?と思いました。
そこでまた思ったのですが、
身綺麗な自分、
人に恥ずかしくない清廉潔白な自分に戻りたい
ということは、
自分は元々綺麗で
清廉潔白だと思っているということで、
「過去に過ちを犯した自分」を清算すれば、
また堂々と自分は清廉潔白だと思い、
そうなったら自分を堂々と許し愛せる、
と思っているということです。
ということは、
清廉潔白な自分は好きで、愛せるけれど、
過ちを犯す自分は嫌いで愛せない、ということです。
それは、自分のことを
行いにより愛せたり愛せなかったりする
ということです。

(長野 ビーナスライン 霧ヶ峰富士見台にて。)
ここまで考えて気づきました。
愛するって、愛せるかどうかって、
正しいいい人だからで決まるの?
いや、そんなことはないよね、
だって私が昔実家で飼っていたシベリアンハスキー犬は、
私のおやつをコッソリ横取りするし、
留守中に遊んで机の足を3本折っていたし、
家の壁をメリメリと剥がして遊んだし、
(そのうち家が壊れるかと思いました。笑)
お姫様気質だったペキニーズ犬は、
機嫌が悪いと目があっただけで吠えるし、
私のことは完全に召使い扱いでした。
でも私は大好きだったのです。
愛することに行いは関係ないのです。
その人だから、その子(犬)だから大好きなのです。
彼らは罪だの罰だの、
愛されるに値するとか、清廉潔白とか、
そんなこと何も気にしていませんでした。
愛することにそんなことどうでもいいのです。
そもそも、自分が清廉潔白だと思っていること自体、
どうなの?と思います。
自分のことを
そんなに立派で正しいと思っているとするなら、
それこそ勘違いで、
何も見えていないだけなのではと思います。
自分が正しいと思っていることも歪んでいるし、
自分は罪人だと思っていることも歪んでいて、
そしてそんなことより、
どんな自分も全てが自分で、
その色々ある自分を
丸ごと愛せばいいだけなのだ、と気づきました。
誰に許される必要もなく、
負債を清算しなければならないわけでもなく、
負債を清算すれば
身綺麗な人に戻れるということでもなく、
やったことはやったこと、
それも自分、
それは消えないし、なかったことにもしないけれど、
でもそんな自分も自分なのだと受け入れ、
愛するだけです。
それはちょっとお馬鹿さんだけれど
可愛くて愛おしいハスキー犬たちを愛するのと同じです。
人を愛する時にも同じで、
何かをしたから許さないとか、
何かをしてくれるから愛する、というのではなく、
色んな面があるのが人間で、
それは自分と同じで、
正しくいい人だから愛せて、
何か良くないことをしたから愛せない、ではなく、
その人自身を丸ごと愛するだけです。
そう気づいた時、
初めて自分を丸ごと好きになれたように感じ、
世界が広がり、優しくなったように感じました。
自分のままを受け入れると、
人や周り、世界も自分を受け入れ、
優しくなり、安心できるものになるのです。
私はニュースなどで犯罪を犯した人を見ると、
いつも「自分と同じだなぁ」と思います。
それは同じ間違いはしていなくても、
「人は時に間違う」という点で
何も変わらないと思うからです。
でも昔は犯罪の話を聞くと、
「なんてひどいことをするのだろう!」
と思っていました。
その裏には、
「私はそんなひどいことはしない。
私は清廉潔白だ」
という思いがあったのだと思います。
なんという思いあがり・・・。(恥汗)
人は、自分のことを綺麗だと思っています。
「いや、私は自分がひどいことをして、
汚くて、それが許せない」
と思っているかも知れませんが、
ひどいことをして許せないのは、
元々は綺麗なのに、ひどいことをして汚れた自分が
許せないのです。
もちろん私たちはみんな
魂レベルでは本当はずっと綺麗なのです。
セッションで「自分はひどい人間だ」と言う人も、
みんな魂は美しく、輝いています。
でも私たち人間は、神さまではなく人間なので、
まだ未熟ですから、
ちょいちょい間違いをするのです。
3歳の子が、
ジュースをこぼしたり、
ボタンを掛け違えたりするのと同じです。
でも別にそれは悪いことでも
罪なことでも、許されないことでもありません。
過去に何か間違いを犯し、
そんな自分は許されないと思っているなら、
もうそろそろ それは終わりにしませんか。
本当の自分を知ったら
みんな私を嫌いになる、軽蔑する、
と思っていませんか?
大丈夫ですよ、
あなたは私と同じです。
私は嫌いになったりしませんし、変わりません。
そんなあなたが大好きですよ(^^)
プロフィール 北山裕子
摂食障害を治すために瞑想を始め、
数ヶ月ですっかり改善しましたが、
その後も続け瞑想歴30年になりました。
現在、遠隔でのエネルギーヒーリングや、
オンラインで瞑想セミナーや直感を磨くセミナー、
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