前向き気づき日記

瞑想歴24年。自分らしく生きたい方へ。

北山裕子

北山裕子(id:yuko-k-ami )
瞑想歴25年、東京や大阪を中心に瞑想セミナー、キネシオロジーセミナーを主催。 エネルギーヒーラー。 23才で摂食障害を治すため、 藁にも縋る思いではじめた瞑想で潜在意識とつながり、 自分の奥底に眠っていた本当の自分(潜在意識)と 会話ができるようになりました。
読むと気持ちが軽やかに、自然と前向きになるようなお話しを綴っています。

プロフィール詳細

\☆読者登録・フォロー☆/

夢に向かって挑戦する勇気

今日も冬晴れの空が美しい一日でした。

 

冬は、凛としているのにどこか優しくて、

派手さはないですが見飽きない魅力にあふれていて、

 

まるで深みのある大人のようだなと思います。

 

弾けるような可憐さや華やかさ、元気よさや愛らしさなど、

季節にも色んな表情があり、

 

それぞれに大好きで惹かれますが、

 

冬のような静謐さや上品さ、

深みのある柔らかさもある人に

なっていけたらいいなと思います。

 

 

先日たまたま見たSNSで、

色んな方が同じ動画を紹介していて、

ちょっとのぞいてみたしたら、

 

52歳から、全く初めて一からピアノを始め、

7年間一日7時間弾き、

リストの「ラ・カンパネラ」という曲を弾いた方のお話でした。

 

こちらの動画です。↓

 

www.youtube.com

 

海苔漁師さんのその方は、

たまたま聴いたピアノがカッコよくて憧れ、

弾いてみたいと思い、

 

人から「絶対無理!」と言われても

諦めず練習を続け、本当に弾けるようになったそうです。

 

私もピアノをずっとやってきましたので

カンパネラを弾いたことがあり、

難しいのは知っていますので、

 

本当によくがんばったなぁ!と動画を見て感動しました。

 

技術的には本格的に練習してきた人のようにとは

いかないでしょうが、

そんなことはどうでもよく、

 

やったことがないのに52歳から始め、

絶対無理と言われても自分が弾いてみたいと思った曲を

夢中で練習し続け、諦めなかったことが素晴らしいです。

 

 

例えば7年間毎日7時間弾いたとすると、

1万7800時間以上になります。

 

きっと体調不良やお仕事の繁忙期は

弾けない日もあったかもしれませんが、

 

それでも1万7000時間くらいは弾かれたのかなと思います。

 

以前どこかで、1万時間かけたことは仕事になる

と聞いたことがあるような気がしますが、

 

私が思うに、何でも1万時間かければ

才能のあるなしに関わらず、

どんなに無理だと言われることも可能になり、

ある一定のレベルを越えられるように思います。

 

例えば1日3時間なら10年で約1万時間、

1日1時間なら28年になります。

 

今の自分の年齢から、その何割か?を計算してみるのも

参考になりますね。

(ちなみに50年は43万8000時間です。)

 

みなさまは人生で1万時間を超えるほど

やってきたことはありますか?

 

主婦の方なら料理かもしれませんし、

経理の方なら経理の仕事、

農家の方なら稲や果物などのお世話かもしれません。

 

私は1万時間を超えていることは何だろうと考えてみますと、

ピアノと瞑想だなと思います。

 

ピアノは2万時間を超えています。

 

ブログはまだ7000〜8000時間くらいでしょうか。

 

やはり時間を積み重ねたことは

なにかしら形になるのだなと思いました。

 

f:id:yuko-k-ami:20200122000511j:image

 

才能がどうのこうのと言う前に、

とにかくやり続けると、

誰でもあるレベルを越えられるものですが、

 

それでも人はやらない言い訳をしたりします。

 

この動画を母に見せましたら、

 

「この人はまだ50代だからできたのだ。

私はもう70代だから無理だ。」と。

 

確かに若い方が飲み込みも覚えも早いですが、

でも私が5歳からピアノを弾いて、

(途中サボっていましたが)

カンパネラが弾けるくらいになったのは

中高校生くらいだったと思いますから、

 

やっぱり10年くらいかかっていますので、

若ければいいとか、

若ければ簡単に必ずできるという訳ではなく、

 

やっぱり1万時間くらいかかるものだと思うので、

 

年齢など言い訳にしていないで、

70歳だろうと80歳だろうとやってみれば

世界は変わるものだと思います。

 

 

年齢を理由にやらない母に、

一昨年のホノルルマラソンで、

 

88歳の方が18時間かけてフルマラソンを完走した話をしますと、

(その記事はこちら。↓ )

88歳の日本人ランナー、ホノルルマラソン約18時間で完走

 

「その人は昔からきっとずっと走っていたからだ。

若い頃からやっていたから今もできるのだ」と。

 

何も知らない人のことを勝手に想像し、

「だからあの人はできる、私は無理」と納得するのだなぁ、

世の中そんな人が多いのだろうなと思いました。

 

そんな、人ができる理由の想像は、

実際そうかもしれませんが、そうでないかもしれないのに。

 

 

人のやらない言い訳はもっともらしいものが多いですが、

 

どんなにそれが納得してしまいそうな理由でも、

それでも私はそれをそのまま飲み込みたくないなと思います。

 

例えやってみて、やり続けて、

死ぬまでにやっぱり届かなくても、

だから何だというのでしょう。

 

そんなことを気にせず、やる人生の方が

何万倍も輝いて楽しいと思います。

 

したいこと、憧れることを

やる、やらないは、その人の自由ですから、

やるべきとは思いませんが、

 

私はやる人生を生きたいなと思いますし、

挑戦する人はみんな仲間で、素敵だなと思いますし、

応援したいなと思います。

 

 

また、「子供の頃や若い頃にやっていたのなら、

そのくらいできて当たり前」という見方をする人も

少なくありません。

 

私もよく大人になってからピアノでそう言われてきました。

 

「子供の頃から習っていたのか。」

「音大卒なのか。そりゃあそのくらい弾けるよね」と、

いつも弾けて当たり前のように言われてきました。

 

別に褒めてほしいわけではありませんが、

私はそれを聞くたび、

とても残念だなと思ってきました。

 

弾ける理由などどうでもいいのに、

音楽を楽しめばいいのに、

上手下手もどうでもいいのに、

どうしてそうして理由をつけて納得したがるのだろうと。

 

それに、子供の頃から習っていたから、音大卒だから

できて当たり前なのではなく、

 

みんなが遊んでいた時間に、

練習してきたからできるようになったのです。

 

それを言う人はやらなかっただけです。

 

毎日何時間かを休まず続けるのは

何歳であれ簡単なことではありません。

 

子供ならみんなと一緒に遊びたいですし、

中高生なら友達と学校帰りに楽しくおしゃべりしたいし、

定期試験や受験などもあります。

 

年頃になると好きな人や恋人に会いたいものですし、

働いていれば忙しく、

子育て中ならそんな余裕もないでしょう。

 

その後も、離婚や病気、転勤や転職、介護など、

人生思いもかけないことが起こったりするものです。

 

でもどこかの時期にやるからできるようになるのです。

 

たいてい自分ができない理由を並べる人ほど、

そんなことは考えず、

そうやって人が身につけたことを軽く考えるものです。

 

 

そこまで情熱をかけるほど

やりたいことがない、という人も少なくないですが、

 

やっているうちに段々と情熱の火が燃えてくることも多いので、

 

情熱というほどのものを感じなくても、

始めから1万時間など大きな目標にしないで、

まずは気軽にちょっとやってみるのがいいと思います。

 

 

最後に、88歳で18時間かけてフルマラソンを走った伊藤さんの写真を。

(上記のニュースサイトからお借りしました。)

 

f:id:yuko-k-ami:20200121235849j:image

 

右側には、折り返し地点からゴールに向かって走る人たちが、

 

そして左側には、一人で折り返し地点に向かって走る伊藤さんが。

 

みんなこの左側を一人で走ることになるかもしれないのがイヤで、

できないと言うのです。

 

確かに、みんな自分より若くて元気だったり、

条件が良かったりして、

うらやましくなるでしょう。

 

マラソンに限らず、こんな状況になると、

みんなに置いていかれ、思うようにできないことが

悔しかったり情けなくなったりするでしょう。

 

でもみんなに置いていかれながらも一人で走った人は、

いつか他の誰も経験できない

素晴らしいゴールにたどり着けるのです。

 

私はやってみたいことなら、置いていかれても

その道を一人で走ることに挑戦することを、

何歳になっても諦めないでいたいと思います。

 

そんな仲間が一人でも多くなるといいなと思っています。